~26歳吃音者の独り言~

私が知っていることの中から役立ちそうな情報を公開するブログです。

吃音で困ったこと ~初めて自分が吃音だと知った時~

こんにちは。

 

今日は、吃音で困ったこと~初めて自分が吃音だと知った時~についてです。

 

僕が自分が吃音だと知ったのは高校2年の冬でした。

進路について考え出した時でもあるのですが、進路の前に自分の話し方の問題を解決する方が先決だと考えました。当時は吃音の症状がきつくて、ただ事では無いと思っていましたから。

 

まず、最初に取った行動は自分の症状をググりました。確か、「言葉 出てこない」「言葉 詰まる」「名前 言えない」とういう感じで検索しました。

(当時2008年はまだ、グーグルというシステムが今ほど普及していなかったので、ドコモの携帯でiモード検索です。10年間で物凄い時代の変化ですね!)

すると、見たことのない言葉がヒットしました。

 

「吃音」??なんて読むねん!ってまず思いました(笑)。

 

国語辞典で読み方を調べて、再度「吃音」でググりました。そして、適当なサイトにアクセスし、吃音についての記事を読みまくりました。その中の具体的症状についての説明を読んだ時、ゾッとしました。ほとんどの症状が僕に当てはまり、それまで味わってきた苦い経験が頭をよぎりました。

 

そして「吃音」について「障害」というキーワードを用いているサイトがいくつかありました。

  • 滑らかに話すことの出来ない病気または障害
  • ・・・言語障害の一種である
  • 発達障害の一種である

とういう感じで説明されていたと記憶しています。

これはショックでした。

 

当時の心境をそのまま言うと、「自分は障害者だったのか」です。

(※最後に書いてますが、吃音=障害というのは誤解です。

                    10年前の僕の誤った認識です。)

 

とてもショックを受け、あごが震え、歯がガチガチ鳴っていました。

 

信じたくない思いで、色々ググりまくりましたが、その衝撃を覆せる情報はありませんでした。不安に押しつぶされそうになった僕は、すぐに吃音治療をしてくれそうな病院を探しました。すると、50km離れた街にあることが分かりました。電車では行けない所にあったので、当時野球部だった僕は父に肩が痛いと言い張り、車で近くまで連れて行ってもらいました。そこから病院へは1人で入りました。親に動揺している姿なんて見せたくありませんでした。(肩が痛いって車出させたくせに、父親に病院内には来るなって身勝手過ぎますね。。。)

 

そして、言語聴覚士の先生からの問診があり、自分の話し方についての悩みを話しました。「あなたは吃音じゃなくて、治療すれば必ず治るよ」という回答を期待していましたが、先生から返ってきた返事は「ん~、、吃音やなぁ」というものでした。さらに、「高校生ぐらいの年齢だと必ず治るとは言えない」と説明を受けました。

その後で「腹式呼吸を練習して改善は出来るかもしれない」とも付け加えられましたが、その時は頭が真っ白でアドバイスを聞き入れる余裕はありませんでした。

 

どうしたいいのか分からず呆然とする中、近くで時間を潰してもらっていた父にメールで終わったと連絡しました。帰りの車の中で、父に本当のことを話しました。話した後、どうしても、溢れてしまう涙を隠すためずっと窓の外を眺めていました。「自分は障害をもっていた」という気持ちから、頭の中はパニック状態で、取り乱さないよう堪えるのに必死でした。そんな状態の僕に父は気を使い、黙って運転してくれていました。このブログを書きながら、あの時の父の気持ちを考えると涙が出てきました(笑)。ありがとう!親父!!(笑)

 

それから3日間ぐらい、学校休みました。気持ちを落ち着かないまま行って、教室とかで泣いちゃうとカッコ悪いので。。。

休んでる間、野球部で1番仲の良かった友人とクラスで1番仲の良かった友人に電話をしました。今考えると、当時高校生だった2人には重たい内容だったかも知れないなぁと思います。だから、今でもその2人はとても大切な存在です。ありがとう!

 

部活を何日を休むわけにもいかなので、何日かで復帰しましたが、なんせかもう、教室が嫌でしたね。周りの普通に話せるクラスメイトと吃音の自分を比べてしまって、クラスメイトに対する逆恨みの感情が抑えられなかったです。そんな時に、僕の話し方をイジってくる奴には敵意むき出しで相手してました。だから、教室をいやーな空気にしたこと何回かあります(笑)。そんな時に、僕の側についてくれた悪友が何人かいるんですが、あれは救われました。ありがとう!

そんなこんなで、高校最後の1年間はクラスと距離を取っていました。ただのクラスメイトと過ごすとムカつくので、信頼出来る友達とだけ過ごしていました。(自分勝手で反省してます。若かったってことで許してください。。。)

 

ただし、部活は別です!!吃音症という苦しみを忘れられる場所がグラウンドにありました。野球部の仲間は僕の吃音の症状なんて、日常的に聞いているので吃っても良い意味で無視です(笑)。あるいは、温かい大爆笑です(笑)。まぁ、一緒にグラウンドで過ごした時間が濃かったおかげで、僕にとって安心できる場所でした。そして、野球に打ち込むことで吃音のことを忘れることが出来ました。

 

高校2年の冬に初めて自分が吃音だと知り、正直かなり辛かったです。そんな中、高校3年の夏(部活引退)までの数ヶ月、友達や野球のおかげでその辛さを心の奥底に閉じ込めることが出来ました。友よ!ありがとう!!です。

 

 

※そして、最後に。このブログで吃音=障害という言い方を僕自身がしていますが、これはあくまで僕が高校生だった頃の思い込みです。今では、そんな風に思っていません。てか、違います!!

確かに話すうえでの障害になることはありますが、何とでもなりますからね!

実際、どもりの症状はほぼ解消できているうえ、たまに出ても何ら問題なく生活出来ています。だから、誤解しないでください!

もっとも、吃音って何?って聞かれても、その場で説明できる自信ありませんが(笑)