~26歳吃音者の独り言~

私が知っていることの中から役立ちそうな情報を公開するブログです。

吃音 ~悩み抜いた先の世界~

こんばんわ。

 

久しぶりに吃音について書きます。

 

僕の吃音症の一番古い記憶は小学5年生の頃の記憶です。社会科の授業中、本読みをしている時に突然声が出なくなりました。1分ぐらい、突っ立ったまま無言状態が続き、恥ずかしい思いをしました。

 

それから、色んな場面でどもるようになり、10代の頃の悩みの大半は吃音によるものです。

 

そんな吃音とは、もうかれこれ15年以上の付き合いです。今は、あまり気にしてませんが、最初は物凄く辛かったです。

 

 

10代の頃、どもるということは恥ずかしいことだと思っていました。自分の名前を言えなかったり、簡単なことばを発せなかったり、変なリズムで声を発したり、とにかく笑われます。だから、どもると下に見られるような感覚に陥り、とても惨めな気持ちになります。よって、どもりたくない。話しているところを見られたくない。誰とも話したくない。という風にどんどん、負のスパイラルから抜けられなくなります。僕も人と話したくないという時期がありました。

普通に喋れない=悪。と自分で自分を責めていました。

 

そして、悩みに悩みぬいた末、こんな気持ちが僕の心の中で芽生えました。

「いや、待てよ。吃音症という障害を抱えながら、めげずに喋ってる俺って凄くね!?」というものです。

そうです。吃音という障害を抱えながら、健常者と同じ生活をするって実は大変なことで、凄いことなんです。

このことに気づいてから、「どもってもしゃーない。だって吃音者やから」と開き直ることが出来ました。この開き直りはとても効果がありました。話す恐怖が無くなったことで、どもる頻度は格段に減りました。

 

頻度が減ると自信がつくんですよね。自信がつくと喋るのが楽しく感じるんです。楽しくなると、たまにどもっても「まっ、いいや」と思えるようになったんです。

でもこれって、悩んで悩んで、悩み抜いて、その結果、悩み疲れて悩めなくなってしまっただけなんですよね。

 

 

「ことばを自由に使えなくたって死にはしないが、死にたくなるぐらい辛い」

 

 

これが、吃音で悩み抜いた先の答えです。

 

つまり、生きてれば勝ちなんです。

 

 

だから僕は「苦しい時こそ笑顔で」とか、「いつでも前向きに」という類の言葉が嫌いです(笑)。